鉄と石炭と戦争  {福岡県・八幡と筑豊}

北九州の八幡に、「語り部のぺさん」と呼ばれる、在日朝鮮人二世の「東録(ペ トンノク)さんがいる。
 
地元の小学校を回って、子どもに韓国のじゃんけんや遊び、キムチの作り方、チマチョゴリの着かたなどを教えている。
 
「日本人はお箸で食べるでしょう? 朝鮮の人はスッカラという銀のスプーンで食べる。西洋人はナイフとフォーク。文化の違いはおもしろいね」
 
違うことがすてきなことだとわかってもらえば、差別や戦争は起こらない、と「さんは思っている。子どもが大好きで話も面白いから、学校では子どもたちの人気者。「ぺさん、ぺさん」とまとわりついてくるという。
 
2010年6月、そんな「さんが案内する「強制連行を考える会」(代表・大野節子さん)のフィールドワークに参加した。訪れたのは、かつて八幡製鉄所があったところ。場所は、家族連れにも人気の宇宙テーマパーク「スペースワールド」のすぐそばだ。
 
どうしても強制労働の現場としては、飯塚や田川など筑豊の炭鉱を思い浮かべてしまうが、もちろんそこだけではない。
 
戦争中、福岡には全国一、と言われる17万1000人が強制連行されてきたことが、1945年6月、10月に出された福岡県知事更迭の際の事務引継書に示されている。さらに、募集の期間であっても、「半島自体ニ於テハ労務給源著シク枯渇シ、為ニ募集モ必然的無差別ナルヲ」と、無差別な連行があったことを示す文も添えられている。

「ここには私の原点があります」
 
と、「さんが指さしたのは、そびえ立つ高さ70メートルの「東田第一高炉」。てっぺんには誇らしげに1901と書かれている。

・・・・・・(つづく)


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